恋愛の単位は何だろう。ルクス？モース？グラム？ジュール？オ−ム？ヘクトパスカル？何でもいいけれど、どうしても僕は、恋愛の純度を測る為の物差しを知る事ができなかったのだ。
「あなたに愛されていても純粋さが感じられないのよ」
と、吐き捨てるように言われたのは、あれは確かまだ大学生の頃、同じゼミにいたＲ子にだった。
　それからもう何年も過ぎているが、大学卒業後の彼女が、どこで何をやっているかなんて、まるで知らない。知ろうという気も起きてこなかったのは、バブル経済崩壊以降、まるで改善の兆しも見られないままに続く不況の影響による就職難で、いつまでたっても就職先が決まっていなかった大学５年生の９月頭に言われた、あの言葉の所為だ。
　つまり、そこで僕達の関係は終わったのだ。
　その後は何とかすべり込みで今の会社に就職し、満足とは言わないが、そこそこ我慢できる程度の仕事をしている。
　新しい恋人はまだできないが、何事もなく、停滞しているかもしれないが平穏な日々だ。
　だから、彼女の言った事なんて、一切忘れていた。今日、営業回りをしながら、昼食でも買おうかと、ふと立ち寄ったコンビニにかかっていたラジオで、懐かしい声がジョン･レノンの『LOVE』を歌っているのを聞くまでは。
　Love is real／Real is love／Love is feeling／Feeling love
　Love is wanting／To be loved
　あぁ、R子の声だ。今週のインディーズ・ランキングの第29位だと告げるパーソナリティの声に、音楽をやっているなんて、知らなかったな、と思い、そして、僕は、いくら目をつぶってみても、彼女の顔を、思い出せなかった。
「あなたに愛されていても純粋さが感じられないのよ」
　確かに、そうだったのかもしれない。きっと、彼女の言う通りだったのだろう。

　僕は未だに、恋愛の純度を探し続けている。
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　例えばサイクル・ショップが主催している市民チームに所属して、オープン開催の１ Day ロードレースに参加するような体力は俺にはなかった。
　でも、真夏の茹で上がるような強い日差しを浴び、ペダルを踏み込んで、風を受けながら走るのは好きだ。
　だから、会社の定期健康診断で運動不足を指摘された時に、俺は迷う事無く、ロードレーサーの購入を決めた。もちろん、昔からの憧れだったチェレステ･ブルーのビアンキだ。決して安い買い物ではなかったが、春季賞与の全額を注ぎ込んでも後悔してはいない。
　今日も俺は川沿いの道を走る。天気は雲ひとつない快晴。暑い。ひたすら暑い。額を、顎を、背中を、後から後から伝い流れる汗に、川風が気持ち良い。
　やがて世界は俺と自転車だけになる。何もかもを忘れ、そこにはたった一つの意思、“走り続ける” という事しかなくなる。
　いっそこのまま、全てを捨て去ってどこまでも、こいつと走ってしまおうか。どこまでも、やがて疲労の余り倒れてしまうまで。
　フレームは俺の骨であり、ホイールは両足だ。フランスの大地を高速で駆け抜け、アルプスを、ピレネーを自転車で登坂していくてヨーロッパのプロ選手のように、俺とビアンキは一つになるのだ。

　ふいにハンドルを切った大型トラック、軋むブレーキ、衝撃、暗転。

　何てこった。二本の太いタイヤに巻き込まれて、チェレステ・ブルーが悲鳴を上げる。俺の骨が、両足が砕けていく。どこかで誰かが救急車を呼べと叫んでいる。悪いけど、多分もう無駄だよ。俺の意識が遠のいていく。
　やっぱり、店員の言う事を良く聞いて、ヘルメットも一緒に買っておいた方が良かったのかな。
　全く、とんだ栄光への旅路だ。
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