小説、マンガ、ドラマに映画、様々なフィクションで、作中に AI が登場し、そしてそれが人を傷つける犯罪行為を起こしたり、所有者の命令に反したりと、まるで自らの意思を有しているかのように振る舞うことになるというのは、ある種の定番ともなっているシチュエーションだ。
　例えば、人の作り出した機械が、AI が、人と入れ替わり、人になり替わろうとする、そしてそんな彼等・彼女等に追い詰められていく一方の人類に、果たして未来はあるのか、という設定のディストピアもののフィクションを教えて欲しいと言われた時に、ここをお読みの皆様であれば、結構簡単にその実例を挙げることができるのではないだろうか。
　今回紹介する、『烙印の名はヒト』もまた、その系譜に連なる作品である。まず、表紙の見返しに印刷された本作の粗筋を、いつものように紹介しよう。


　介護施設で〈介護肢（ケアボット）〉として働くヒト型アンドロイド（ウエイツ）のラブは、ある日入居者のカーラ・ロデリック博士に依頼され、彼女を絞殺した。そして彼女は記憶が曖昧なまま訴追され、準一級殺人の罪で無期懲役の判決をくだされる。だが、ウエイツの思考は人を害するようにデザインされていないはずだった。なぜ殺人が起こったのか？人権を持たないウエイツが、なぜ “法で裁かれた” のか？　汚名を返上するために、“自らが人間でないこと” を証明すべく逃亡したラブは、ロボット排斥論者（ラダイト）との死闘や友人〈介護肢〉マーシーとの確執を経て、ヒトとAIの究極の関係性にたどり着く。　“介護（ケア）” の視点から人工意識の存在意義を指し示す、AIアクション思弁SFの極北！


　また、著者である人間六度が本作でいかなるものを描こうとした作品なのかについては、腰巻の帯に印刷された「著者の言葉」に詳しい。こちらも、その後半を引用してみよう。


　『罪とともに、心を背負わされた』 〈介護肢〉ラブが無実を探求する中で、AI産業の深部と人工意識の本質に迫っていく本作。僕はずっと思っていました、この世には『ヒトになりたいAI』が多すぎると。それがいかに傲慢で醜くかつ、仕方のないことなのか――本作で全てぶつけます。


　この両者に目を通していただけば、これがどういう方向を向いた物語なのか、何を私達読者に伝えようとしているのか、何となくでも分かっていただけるのではないだろうか。
　なぜAIはヒトになりたがるのか、という問いは逆に捉えれば、ヒトになるのはそんなに素晴らしいことなのか、と言い換えることもできるわけだが、さて、この世界に生きる人類の中でどれだけの人が、「ヒトであるということは、全ての生命体にとって憧れとなって当然の素晴らしいこと（なのだから、ＡＩもヒトになりたがるのは自然な流れだ）」と断言できるだろう。
　確かに私は、この世に産み落とされて生きている現状について、天に感謝している。それは自分がヒトであることを前提にしているからだろう、と問われれば否定はできないかもしれないが、しかし、仮に私が犬や猫として産まれていたとしても、その事実に感謝の念を抱かなかったとも限らないとも思っている。
　それは単純に生命への賛歌であり、言い換えれば「生きているということはそれだけで素晴らしいことなのだ」というよくある（そしてそれが故に陳腐化してもいる）フレーズの再確認に終わることかもしれない。
　しかしながら、その一方で、では食肉用の家畜として産まれたならばどうなのか、と問われてしまうと、それでもその日その時を生きていることに感謝できる自信は無いかもしれないという自覚もあるから、上記の生命賛歌的な主張は、生きているもの全てに対してまで一般化できる考えでは無いということも認めなければならない。
　なお、犬や猫、牛や豚にそういったことを思索するだけの能力があるかどうかは、この場合、横に置かせていただく。
　そういうことを考えていくと、ここで私が断言できるのは、ヒトであること「のみ」が素晴らしいことではないし、ヒトであることはどんな存在からも憧れられることであるなんて傲岸不遜なことは言えない、ということになるだろうか。

　人間六度は、自身が帯コメントで触れている、なぜ「この世には『ヒトになりたいAI』が多すぎる」のかという問題提起に対して、人間を殺めたＡＩであるラブ自身はヒトになりたいなどとは一切思っていないのに、周囲は彼女をヒトとして扱おうとするというストーリーラインの中で、1つの答えを提示している。
　それをここで書くことはネタバレであり本作未読の方への悪意ある行為に他ならないので止めておくが、それを読んだ私自身が、なる程そういう面は確かにあるだろうな、と感じたこと、そして、これは確かに「傲慢で醜くかつ、仕方のないこと」であるなと納得したことは、述べておきたい。

　さて、そのようにして「ヒト」であることの価値を相対化して問うという非常に思索的で内向的なテーマを扱いながらも、あくまで本作はエンターテインメントであることに徹しているというのも、大きな特徴として挙げられる。
　この点について人間六度は、Ｘ（旧：Ｔｗｉｔｔｅｒ）への投稿で、「小説を書くうえで “面白さ” は当然取らなきゃいけない要素であるとして、“それ以外の何かを伝える” ということには、いつもいつもヒヤヒヤするし、でもこのヒヤヒヤが実はめっちゃ大事なんじゃないかと、思ってもいる」と書いている。
　自らの考えていること、訴えたいことをフィクションを介して読者に伝えようというのであれば、その外側をエンターテインメントでくるむことは非常に有効な手段だ。
　それも、息をもつかせぬ展開と、脳裏にビジュアルが浮かぶような迫真の描写、スリリングなアクション等があれば、最高だろう。その点で本作は大成功を収めていると言ってよく、500ページにもなろうかというボリュームを一気に、飽きることなく読み切らせる力を持っている。

　ヒトと機械を分かつもの、ヒトとAIとの関係性、ヒトになりたいモノとなりたくないモノ、重さと軽さ、哲学的な思索とエンターテインメントなアクションと、そして「愛」。
　人間六度はこれまでにも魅力的な物語を何作か送り出してきているが、間違いなく本作はここまでの最高傑作であり、1つの到達点である。
　ここから先の彼の著述活動は刮目して見なければなるまい。そしてこれだけのものを書けたのだから、これを軽く超えるような作品をも、これから先に発表してくれるものと、個人的に、大いに期待している。